junpeichibaのブログ

様々な分野について書きます。特に学術や日々の出来事など

全くもって素人の僕が考えた教育改革

まず学校を小学校、中学校、高校と定義しておく。

1.教育と社会のイロドリについて

まず学校教育といっても小学校から大学まであるわけですがそれの目指すところは何か僕が考えるにそれはいかに知っておくべき学問の基礎知識を教えるかにかかってます。

 

学校教育には限度があり、それは人間の最低限の底の部分を作るだけにしか他ならないということです。現在の日本の学校教育の本質は押し付けと我慢、優越感、劣等感などあまり良くないことの詰め合わせです。なのでそもそも根本から変える必要があると考えました。

 

なので学校では必要最低限のことを学ぶのが精一杯なのです。社会性を身につけるのが学校だという方もいるかもしれません。ですが考えてもみてください。競争が根底にある学校ではなんとなく歪んだ人間関係が生まれます。社会において競争は大切なことですが、教育には最後に競争をさせて大学にレベル別で入れるだけで高校後期までは競争はいりません。

 

なぜいらないのか前述の通りですがもう一つ理由があります。競争しない方が学力が伸びるのが事実だからです。詳しくは教育に関する本を読んで欲しいのですが簡単に説明すると教育方針が違う国同士で共通のテストを受けさせます。例えば競争主義の中学校と非競争主義の中学校。統計による学力が優位なのは非競争主義の中学校でした。落ちこぼれも少なくエリートの数が多いという結果です。

 

よって競争は後半までいらないというのが結論です。

 

 

そして社会には多様性が必要です。学者の人もいればダンサーがいて空手家がいてなど。その特色を強めるのが学校ができる恩返しです。社会にはカラフルでイロドリのある多様性が必要なのです。

 

2.学校の基本的な方針

 

・拘束時間を大幅に減らす(午前中のみなど)

・学校の勉強の質問は個別に対応する(スマホなどで)

・授業は行わない

・学習範囲のプリントを渡す(細かい説明が載った)

・学校か文科省のホームページで学校段階ごとの平均的な学習参考書を載せる。やるかやらないかはオプション
 

 

 

学校は出来るだけ平等に教育を与えることが大切です。なぜならばそこに優越感や劣等感、競争を生まないためです。

一つ目は学校ではどうでもいい授業に時間をかけすぎなので

二つ目は個別に対応した方が理解度が増すため

三つ目は無駄なことが多いため

四つ目は三つ目の代替としてプリントで学習させた方が効率がいいため

五つ目は学校か文科省のホームページで学校段階ごとの平均的な学習参考書を載せることで学力の足りない人をカバーできるためです。ただし宿題にするとまずいのでオプションとする
 

 

3.学校の代わりに個性を生む自宅や社会、大学入試

まず勉強したい人はどんどん先の勉強をすべきです。というのが常識になることが大切なので、大学の入試を多様性的にするかプレゼンテーション形式にすべきです。そこで勉強した内容を発表したり、より簡単に入れるようにするのが大切です。大学に入るのが目的では大学レベルの学習を先取りした意味がないので。

 

学校での宿題が終わったら(少量)何をすればいいんだというのが当然の疑問ですが、それは簡単です。家で勉強したい人は勉強、研究がしたい人は研究、ダンスがやりたい人はダンスなど多様でいいと思います。方や生き方はそれぞれなので。ただし何かをやるというのが条件です。あとボランティアや課外活動を推奨するのもいいでしょう。

 

4.まとめ

学校教育(集団教育)ではできることが限られているので早めに個別対応ができる状態まで持っていく必要があると思います。まったく素人で多少本を読んだだけなのであまり良くないところもあっかもしれませんが自分なりに今より良くなるように一般的な常識で考えたものです。統計を取ってないのでどちらが学力的に優位かわかりませんが。読んでくれてありがとうございます!。